筋骨格系の傷害を抱えた患者とのリハビリの初期段階で、私たち臨床家が直面する難しい問題の1つは、
「今の段階で、この患者には負荷を減らすべきか、それとも増やすべきか?」 ということです。
この疑問がとても重要なのは、怪我や機能回復のプロセスを進めるために運動が必要だからです。問題は、いつ・どのくらいの負荷を加えるべきか、という点にあります。
患者が自分で傷害を管理している場合や、臨床家が筋骨格系の病状の管理に自信を持てていない場合、どちらも過度に負荷を減らす方向に進みがちです。
負荷を増やすか減らすかの疑問を経て、負荷を「増やす」という結論に至ったら、次に考えるべき質問は、
「どんな負荷をかけるべきか、そしてそれをどう進めるか?」 です。
リハビリにおいては、コラーゲンのリモデリングや可動域を広げるためのトレーニングとして、エキセントリック運動が「王道」とされることがあります。
しかし、その「王道」のエクササイズが患者にとって適していない場合も多々あり、そこで最後に重要な問いが生まれます。それは、患者が処方されたプログラムに対してどれだけ取り組めるか、ということです。
患者には強化エクササイズが必要なのか、それとも適切に負荷をかけた運動の方が効果的なのか?
一見すると同じように見えるかもしれませんが、ここで考えてほしいのは、定められた強化エクササイズ(例:カーフレイズを10回×4セット)と、適切な運動負荷(例:1日2回・15分のウォーキングや、1日2回・3セット・階段昇降を10段)の違いです。
楽しさや継続のしやすさ、取り組みやすさの観点から、適切に負荷をかけた運動の方が、患者にとってより適切な場合もあります。
この方法がすべての患者に適しているわけではありませんが、低負荷の運動を高頻度で要する多くの患者にとって、適切な運動負荷(+/- 場合によっては靴の処方)を指示するだけで、標準的な強化エクササイズと同等、あるいはそれ以上に効果的な場合があります。
リハビリにおける「負荷」とは?
リハビリでの「負荷」とは、身体にかかる全体的なストレスを意味します。これには、物理的な負荷だけでなく、感情的なストレスや生活習慣の影響も含まれます。
負荷には、機械的なもの、生理的なもの、そして心理的なものがあります。
機械的負荷
機械的負荷とは、運動中に体に加わる物理的な力を指します。
これには、動きや重力によって筋肉、骨、腱、靭帯、関節にかかる力が含まれます。
主な特徴:
– 力や負荷の種類:圧縮力、引張力
– 組織への影響:機械的負荷は、メカノトランスダクションによって細胞のシグナルや反応を引き起こします。
この反応によって、結合組織が正または負の適応を示すことがあります。
正の適応=耐性の向上
負の適応=怪我や耐性の低下
– リハビリとの関連性:機械的負荷を理解することは、リハビリプログラムを組む上でとても重要です。これにより、患者の現時点の耐性に合わせた運動処方ができ、さらに、怪我を負った患者の望む活動へと復帰を促す道筋を描くことができます。
負荷が少なすぎたり(その後増やす場合も)、負荷が多すぎたり(または回復が不十分だったり)すると、筋骨格系の怪我につながることがあります。
一方で、適切な負荷は回復を助け、筋力や運動制御、持久力、パワーを向上させ、将来の怪我のリスクを減らすためにも欠かせません。
生理的負荷
生理的負荷とは、運動や機械的な負荷に対して体内で起きる反応を指します。 これには、心血管(系)、呼吸(系)、代謝(系)、ホルモンの反応が含まれます。
主な特徴:
– 全身の反応:運動や機械的な負荷に対して、心拍数、血圧、酸素消費量、エネルギー消費量の変化が現れることがあります。
– 長期的な適応:定期的な運動と十分な回復時間によって体が適応し、持久力、効率性、そして回復力が改善されます。
– リハビリとの関連性:運動や機械的な負荷に対する生理的反応をモニタリングすることで、その人のトレーニング負荷を把握することができます。これらの反応を理解することは、怪我のリスクを減らし、トレーニングプログラムを計画する上での重要な要素です。
心理的的負荷
心理的負荷とは、運動や怪我に対する精神的・感情的な側面を指します。
心理的負荷の要素には、モチベーション、ストレス、精神的疲労、そして怪我やリハビリがもたらす全体的な心理的影響が含まれます。
主な特徴:
– 認知的(思考や判断にかかわる部分)および感情的な要素: ストレスレベル、不安、モチベーション、楽しさ
– パフォーマンスと回復への影響: 心理状態は、痛みの感じ方やリハビリへの取り組み、全体的な健康に影響を与えることがあります。
– リハビリとの関連性:心理的な負荷を認識することは、リハビリで包括的なアプローチを行うにあたりとても重要です。心理的な障壁に対処することで、リハビリへの取り組みや全体的な回復結果を向上させることができます。
これらの要素をさらに深く掘り下げると、いわゆるイエローフラッグ(心理・行動的要因)が筋骨格系の怪我からの回復に大きく影響を与える可能性があると言えるでしょう。
本日の問いである「患者には強化エクササイズの処方が必要なのか、または適切な動作負荷が有効なのか?」を考えるにあたって、機械的要素と心理的要素に焦点を当てていきます。
耐性のギャップを埋める
筋骨格系の疾患をリハビリするということは、結局のところ耐性のギャップを埋めることに他なりません。
負荷がかかった組織がその負荷に耐えられない場合、または心理的な要因や動作に対する障壁がある場合、そこに耐性のギャップが生じます。これらは怪我の原因になることもあれば、怪我によって引き起こされることもあります。
心理・行動的な障壁(いわゆるイエローフラッグ)は、機械的耐性の不足と同時に現れることがあります。また、急性または慢性の怪我による機械的耐性の不足が原因で発生することもあれば、単独で現れることもあります。
よく見られるイエローフラッグには、痛みに対する破局的思考、運動恐怖症、恐怖による回避行動があり、これらはリハビリの結果に大きな影響を与えかねません。
破局的思考は、運動やポジティブな行動パターンの実践を妨げかねません。Cotchett et al (2017)
リハビリで処方された強化エクササイズの代わりに「調整された運動負荷」が必要な理由とその方法とは?
筋骨格系の問題に対して「王道」とされるエクササイズは様々です ー 例えば、アキレス腱症には エキセントリックカーフレイズ(eccentric calf raises) などがあります。(詳細に関してはこちらの論文をご参照ください。)
しかし、「王道」とされるエクササイズが、時に患者のリハビリに過剰な負担をかける場合や、あらゆる理由で患者が処方されたエクササイズを実施しない場合もあります。
その理由としては以下のようなものが挙げられますが、これらに限りません。
– モチベーションの低さ
– 過去のネガティブな経験
– 患者の好み
– 運動理解度の低さ
– 自己効力感の低さ
– 必要な器具や環境が整っていない
– エクササイズが害を及ぼす、または効果がないと信じている
患者が処方されたエクササイズプランを守らないともどかしく感じることもありますが、治療的な運動を取り入れて機能を回復させ、耐性のギャップを埋めるための方法は数多く存在します。
喜ぶべき点は、どんな運動であっても細胞の変化を促し、組織のリモデリングに役立つ可能性があるということです。重要なのは、個人や組織の耐性レベルに合わせていくことです。
治療効果が得られるのは、エクササイズや運動が組織の耐性範囲内で行われ、過負荷にならないように適度なストレスをかけてプラスの反応を引き出し、組織がその負荷に適応するための十分な時間を与えられたときです。
ある人にとっては、低負荷のストレッチングが組織のプラスの適応を引き起こすのに十分な負荷となることがありますが、別の人にとっては、プライオメトリクスや重くゆっくりとした負荷が必要になることもあります。
処方されたエクササイズが患者の現時点の耐性に合わず、目標とする耐性に導くことができないときに、問題が生じるのです。
「この病状に最適なエクササイズは何か?」と問うのではなく、
「患者の耐性ギャップを埋めるために、(組織に必要な適応を引き起こすには)組織にどの程度の負荷が必要か?」と考える方が良いかもしれません。
では、高負荷の活動に戻りたい患者を例にとってみましょう。このような場合、機能的な耐性を回復させるためには、特定の負荷量を設定したエクササイズを処方する必要があるかもしれません。
しかし、日常生活動作(ADL)やウォーキングのような軽負荷の活動に戻りたい患者の場合、負荷量を適切に調整した動作や活動を取り入れることで、耐性を徐々に高めることができるといえるでしょう。
繰り返しにはなりますが、どのようなアプローチを取るかは、耐性ギャップの大きさ、臨床的判断、そして各患者の状況によって異なります。
以下はBaxterらによる論文(2021年)からの要約なのですが、アキレス腱に段階的に負荷をかけるエクササイズについて簡潔にまとめられています。
これにより多くのリハビリプログラムがなぜ、どのように十分な耐性を構築できず、患者を望む活動に安全に復帰させることに失敗してしまうのかが簡単に説明できます。また、個々の耐性を考慮せず、病状に基づいてエクササイズを選ぶことで、エクササイズの処方が過剰になる可能性も示しています。
エクササイズの選択と、それに続く「負荷量」を現在の耐性を考慮して処方することが、多くの筋骨格系リハビリプログラムで求められるアプローチです。
高負荷な活動やスポーツ(長距離ランニングやプロサッカーリーグなど)に復帰したい患者の場合、リハビリのための「典型的な」強化エクササイズに取り組んだり、継続したりすることが一番のネックではないことがよくあります。
アクティブな人も、運動をあまりしない人も、アキレス腱症や足底腱膜炎などの筋骨格系の病状を発症する可能性があることを考えると、運動をあまりしない患者にリハビリプログラムを「納得」してもらうのが特に難しいことがあります。
運動不足で、運動に対する知識や理解が乏しく、運動へのモチベーションも低い患者の場合、処方された強化エクササイズに取り組むのが難しくなることがあります。エクササイズ処方や多様な筋骨格系の病状に対応している経験豊富な臨床家でさえも、同じように困難に直面することがあると言えるでしょう。
最適なエクササイズとは?やり遂げられるエクササイズです!
運動負荷プログラムを処方するためには、いくつかのポイントを考慮する必要があります。
1. 組織の現在の負荷耐性はどのくらいあるのか?
既往歴 の聴取や臨床評価を通じて、この情報は得ることができます。例えば、どの動作や活動が症状を悪化させたり和らげたりするか、についての情報を集めることが挙げられます。
2. 患者の好みや日常のスケジュール、そして負荷耐性に合った動作は何か?
症状が悪化する前に少しウォーキングを行うことはできそうか?(例えば、1日20分のウォーキングなら問題なくても、30分では負担がかかるかもしれない、など)
3. 運動負荷の要素の中で、他の方法を使って治療の効果が発揮できる範囲を広げ、運動への取り組みを促進できる部分はあるか?
例えば、靴や矯正器具を使って機械的負荷を調整することが挙げられます。後脛骨腱機能不全(PTTD)ステージIまたはIIの患者には、かかとが高く、内側サポートがある靴や、ミッドソールの屈曲剛性が高い靴、矯正器具を使用することで効果があることがあるでしょう。
4. 運動負荷に関して、過負荷や負荷不足の基準を患者に説明して理解してもらうことができるか?
これには、リハビリの中で動作の重要性を伝えることや、患者に負荷の基準を理解してもらうことが含まれます。
トラフィックライトシステムは、患者が自分の耐性範囲内で一貫して運動負荷を維持するための、わかりやすい教育方法です。
5. この運動負荷は、患者が望む動作や機能的な目標に対して十分な耐性をつくり上げることができるか?
プロサッカーリーグに戻りたい患者にウォーキングや靴を処方しても、十分な効果は期待できないかもしれません。しかし、日常生活やウォーキング程度の活動に戻ることを目指している患者であれば、効果が期待できるでしょう。
このアプローチがどのように機能するかを理解するための次のステップは、ウォーキングやランニング(または他の運動負荷)の「負荷量」の基準を把握することです。
筋力トレーニングには負荷量の基準がありますが、ウォーキングやランニングの「負荷量」を理解するのは、臨床家にとって難しい場合があります。
ウォーキングやランニングの「負荷量」を考える際に考慮すべき基本的な要素は、時間、距離、ペース、高低差です。
ランニングの負荷量には他にも要素がありますが、このブログではこれらの4つに絞って説明します。
次に、靴のフィット感、履き心地、機能に影響を与える靴の構造についても考慮する必要があるかもしれません。
運動負荷の「適切量」はどのようなものでしょう?
例1:比較的運動不足な高齢者で中間部アキレス腱症の患者が、腱のリモデリングや耐性を高めるためにアキレス腱への負荷が必要としています。また、足底屈筋力の向上や足関節背屈の可動域を増やすエクササイズも必要ですが、リハビリを忘れたり、やりたがらないことがあります。
臨床評価を通じて、痛みが4〜6/10(VAS-P)に達する前に、片足でカーフレイズを6回行える耐性があることがわかったかもしれません。
自宅や近くに階段や坂道(例えば車道)があるかどうかを尋ね、あればカーフレイズの代わりに階段や坂道を上り下りすることを勧めるかもしれません。
例えば、自宅に4段の階段や、約10度の傾斜がある15メートルの坂道があるとします。
このような場合、トラフィックライトシステムを使って、1日に2回、階段昇降を5セット(連続で5回上り下り)行うように勧めることができます。
また、坂道を1日に2回、3〜4回上り下りすることを提案することもできます。
これらの活動を行う際に履く靴(ヒールの高さ、前足部のロッカー形状、ミッドソールの硬さなど)を考慮することもできるでしょう。
応用版として、回数(ラップ数)や歩行速度を増やすことができます。
例2: 足底腱膜炎の患者で、日常生活動作に戻りたい人を例に取ります。このような患者はあまり負荷をかけていないため、張力負荷が有益であり、長期にわたって低負荷・高頻度の運動負荷を導入する必要があります。
臨床評価を通じて、痛みが4〜6/10(VAS-P)に達する前に、両足で高負荷の足底筋カーフレイズを8回行える耐性があることがわかったかもしれません。
既往歴から、患者が日常的にあまり歩行活動をしておらず、週に1回、買い物や長い散歩をすることで痛みが悪化することが確認できたかもしれません。
高負荷の足底筋強化の代わりに、ミニマルスタイルの靴を履いて、毎日5〜10分間連続してウォーキングすることを勧めることができるでしょう。
ウォーキング時間を調整するために、トラフィックライトシステムを使用して、時間の進捗や後退をモニタリングすることができます。
ミニマルスタイルの靴は、かかとの高さが低く、ミッドソールの柔軟性が高いため、足底腱膜に張力をかけることが可能です(ミニマルシューズが足底腱膜炎の痛み軽減に与える影響について調査した研究はこちら)。
最初は、好みの靴で平坦な道を1日1回、5〜10分間歩くことを勧めるかもしれません。
応用版として、ウォーキングの時間(分数)、頻度(1日複数回など)、または高低差(坂道など)を増やし、ミニマルな特徴を持つ靴の着用時間も増やすことができるでしょう。
これらのアプローチが全ての人に適しているわけではありませんが、特定の人には最適な方法となることがあります。
徹底した評価と臨床的な判断をしっかり行い、治療介入と「負荷量」の役割について、あなたと患者が同じ認識を持つようにしてください。
靴のフィット感や履き心地、機能に影響を与える構造をしっかり理解していれば、運動負荷プログラムと組み合わせて、靴を治療ツールとして活用することができます。
前述したように、これらのアプローチは全ての人に適しているわけではありませんが、典型的なリハビリに抵抗を示す患者や、現在の耐性と目標とする耐性がこのアプローチに合い、低負荷の動作を高頻度で行うことが長期的な病状管理に必要な患者にとっては非常に有益です。
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